徹子の部屋戦地で逝った沢田教一戦場カメラマンの妻が語る“戦争と平和”~沢田サタさんが今日のゲスト
スタジオでは、教一さんが撮った戦場の写真と共に“平和への思い”を語る
沢田教一妻サタ。徹子の部屋沢田教一妻サタ。徹子の部屋

沢田教一妻サタ。徹子の部屋

沢田サタ  現在92歳

戦場に散ったカメラマンの夫

ベトナム戦争中、戦いに巻き込まれる市民の姿を捉えた『安全への逃避』で

ピューリッツァー賞を受賞した世界的に有名なカメラマン沢田教一さん

戦地へと出かけていく夫を支え続けたのが妻・サタさん。戦争を間近で体験したサタさんが語る“戦争の現実”とは。

また、50年近い時を経て『安全への逃避』に写るベトナムの家族と“再会”した時のエピソードを語る

沢田教一の経歴

昭和11年生まれ

映画SAWADA『サワダ』が代表作

11歳上のサタさんが妻になり

1963年サンケイ新聞社の写真部へ入社

1965年ベトナムへ戦争の戦場カメラマンになり

     休日のたびに写真撮影の日々を送る

1965年9月6日- クイニョン北方のロクチュアン村で銃弾を避けながら川を渡る母子の写真『安全への逃避』を撮影

     『安全への逃避』が1965年ハーグ世界報道写真展大賞とニュース部門第1位を獲得

1970年 10月28日 – プノンペンの南約30キロの国道2号線上で取材中、何者かに狙撃され。

      所持していた愛機のライカは持ち去られたという。 

夫が戦場で撮影した家族と再開

朝ごはんを食べていた時にナパーム弾が爆発して

親、子供は川へ飛び込みその瞬間を撮影した

沢田教一はこれ以上戦争を起こさないように写真を

取り続けた。

沢田教一がなくなった当時はカメラを持っていなく写真はほとんど残された。

沢田教一妻サタ。徹子の部屋


戦場カメラマンの夫最後の手紙が届く

いつもは手紙を送らない夫に違和感を感じたサタさんは

ゾッとしていた

34歳で戦地に散った夫

突然関係者から呼び出されてなくなった事を知らされる

沢田教一はベトナムの街をブラブラと歩いてるところ巻き込まれたとのこと。

サタの健康法

夫がなくなり47年青森で一人暮らし

食べ物は普通に自分で作って食べているそうで

アップルパイをよく作って食べている

必ずデザートは食べているサタさん

番組ではサタさんが作ったチーズケーキを徹子が食す

サタさんの夢は1日1日を大切に生きること。

感想


終戦の日にサタさん。しゃっきりしてるなあ(92歳!)
サタさん、本当に92歳には思えないくらい、お元気そう。

お話も言葉もしっかり柔らかな津軽弁が暖かくおいでした。

ベトナムにもついていったの凄いな。(最初は単身赴任)

「戦争は絶対にやってはいけません」

ベトナムに行かれた際、この子達と逢って来たと。

『安全への逃避』

まだまだ沢田さんの事を聞きたい。

ホテル マジェスティックの舞台見てみたかった。写真展、全国巡回してくれればいいのに。