SWITCHインタビュー 達人達(たち) -昔ドラマで共演した渡辺直美とムロツヨシ。本業のお笑いのほかファッション界やインスタグラムでの活躍も目覚ましい渡辺直美とドラマやコントに個性的な演技を見せるムロツヨシが「笑い」への熱い思いを語る。お笑い芸人渡辺直美、喜劇役者ムロツヨシSWITCHインタビュー 達人達(たち)アンコール「渡辺直美×ムロツヨシ」

インタビュー渡辺直美×ムロツヨシ


渡辺直美はムロツヨシの人を笑かす方法に興味深々で

今回、その渡辺の熱望が叶いトークが実現した。

前半はムロツヨシがひとり芝居を行った能楽堂を渡辺直美が訪ね

ムロツヨシの演技を通して笑わせる事に賭ける情熱の源が

明らかになっていく。

後半は渡辺直美がパウォーマンスの練習をする芸能事務所のダンスルームにムロツヨシが訪ね

多彩な仕事をする渡辺直美の『お笑い』への思いをトークする。

渡辺直美プロフィール

1987年10月23日生まれ

出身 茨城県

身長 157センチ

吉本所属(東京NSC12期生)

2008年1月2日放送の『新春大売出し!さんまのまんま』(関西テレビ)
に今田耕司一押しのお笑い芸人として紹介され出演し、ビヨンセのものまねで2曲を披露。
今田は「使ってる筋肉はビヨンセと全く同じ」、「安いスナックのお姉ちゃんじゃないですよ」と述べた。

2008年3月31日から『笑っていいとも!』
(フジテレビ)の14代目いいとも青年隊として、鈴木凛と共に「いいとも少女隊」を結成。
同年6月、ビヨンセが在籍したアメリカのグループデスティニーズ・チャイルドのファミリーBEST『ラヴ・デスティニー』CMに起用された。

2012年、2013年と『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』に出演し、2年連続で優勝する。

2016年時点で中国国内のインターネット上では「太っていてもオシャレ」で「肥満が恥とされる日本において、
彼女のコミカルさに観衆がすっかり感染し、急速に人気が高まった」などと紹介されている

2017年7月期の連続ドラマ『カンナさーん!』(TBS)で主演。
ゴールデンプライム帯(午後7 – 11時)の連ドラでの主演を演じる

インスタグラムのフォロワー数 686万人で日本一

渡辺は自分の体型に誇りを持って生きているとアメリカで評価されている

ムロツヨシ プロフィール

1976年1月23日生まれ 現在41歳

出身 神奈川県

身長168センチ

血液型 A型

ジャンル 映画 舞台

ASH&Dコーポレーション所属

一浪して東京理科大学に進学。
入学後、手塚治虫原作の舞台『陽だまりの樹』の段田安則の芝居を見て感銘を受け俳優を志す

大学は3週間で中退して俳優養成所に入所

1999年から単独で舞台活動を開始するも下積み時代が続く

2005年の映画『サマータイムマシン・ブルース』を足掛かりに映画にも出演するようになった

2008年から、舞台MURO式を定期的に開催し本舞台では脚本・演出・出演をしている

2014年、『日経トレンディ』が選ぶ「今年のヒット人」に選ばれる

踊る大捜査線シリーズ等でも共演した小泉孝太郎と大親友で、小泉家とも家族ぐるみの付き合いがある

主な作品・・・『勇者ヨシヒコ』『空飛ぶ広報室』『踊る大捜査線』『LIFE~人生に捧げるコント~』

能楽堂ムロツヨシ渡辺直美

芸に込めた覚悟と思い

ムロ 能楽堂でひとり芝居(muro式)をやるきっかけは自分の社長が勝手に取ってきたんです。
   
   断ろうと思ったけど能楽堂でひとり芝居をやったら面白いと思っていた

   社長に能楽堂でひとり芝居をやったら面白いと言ったらそれがプレゼンで

   社長が『乗った!』って言って

ムロ muro式一番最初の公演が終わった時にもっとまだできるなって思った。

   僕が求めている僕は上にあることだけがわかった

渡辺 ムロさんは私はずっとツボなんですムロさんが出てくるだけですごく笑っちゃう

   ムロさんの演技ってすごい分厚くて深いんですよ

映画『明鳥』(2015年)一度見たら忘れられないムロ流のキャラクター

渡辺 ムロさんの笑いへのアプローチを知りたいんですけど

ムロ 人と接すのが好きな分、人を観察、人を見てるから仕草、体勢とか

   佇まいがうつる時がある

   それを覚えておくようにします

   他人と話してる時にその人『この話聞いてくれって』っていう時に 目が二重になるところとか

   芝居で観察してきた人の佇まい、仕草、癖をよく使うことがある

渡辺 芸人さんが作り出す笑いと役者が作り出す笑いはどう違う?

ムロ コントとか漫才って3分・4分・5分の勝負だけど

   僕らがやってきた喜劇って90分・100分・120分の一つの

   ストーリーの上にたっているからひと言の笑いのとり方はお笑いの方にはかなわない

   お笑いではワンフレーズに対する一つのツッコミでその1セットでの笑いの量

   でも僕らはその一つの笑いの量をとるには5分掛かるかもしれない

   キャラクターをお客さんに解ってもらうまでに時間が掛かるかもしれない

   NHKコントLIFEにてサスペンダー兄弟というネタをやって内村さんに『意味がわからない』

   言われた。

   もう悲劇でしたね

   今の自分になったのは両親が離婚をして自分は親戚の家へ預けられるそこで育てることになった

   親戚の方たちは辛いしかわいそうと思うし、そこで辛くないという人間の方が当たり前にいてもいい

   それを子供ながらに迷惑をかけちゃいけないと思い演じていたそれを固めていってそれを当たり前に

   いていく作業によってこの人達が『いい』とする自分に作り上げていった

   最終的に役者の仕事をしてるところでこの経験がそうしたのかもしれない結局作り上げた

   自分ですので

   ほとんどがウソっぽいんだろうな-でもそのウソっぽいのが本当

渡辺 その嘘つくのがムロさん
   
ナレーター ムロツヨシ19歳家族に心配を掛けたくないと有名大学に進学しかし

      自分の意志がない生き方に疑問を感じていた

      初めて家族にわがままをいい大学を中退、役者の道を歩むことに

ムロ 人生で初舞台観客は身内ですよね全部 誰ひとり笑わなかった
   
   なんかつらいものを見ているようだった

   どこいけど真っ暗何触っても何も無いみたいな数年があって

   7年も経ってくると友達も応援も何も言わなくなる『なんで俺舞台やってんだっけ?』

   『なんであなたは役者をやっているの』と自分に問い続けて何も答えられなかった

   自分に格好付けていて、ある日26歳の時『なんでやりたいの?楽しいからでしょ?』

   と言ったら『はい』と自分が答えたんですよ

   そこから『楽しめばいいんだ』となった瞬間から人が受けようが受けなかろうが

   笑おうが笑わなかろうが楽しくやったら『観客』楽しそうな人間を見て目で追って見て笑うんです

   『これか!』と思ってそれがわかった公演は楽しくて楽しくて

   一度体験した舞台は次の公演からその感覚がやってこない

   若い頃ワクワクした気持ち僕は喜劇が笑いが声が好きなんだなって確認できた

渡辺 muro式を始めたきっかけあったんですか?

ムロ 32歳の時、結局仕事がなかったんですよ そこからどうしよう考えていて

   まず、『自分が面白いと思うことはこれです』って言って来た仕事ほど価値のある

   ものは無いんじゃないかと当時思ってまず、仕事が無いことを受け入れて

   『自分が面白い事はこういうことです』けど、どうですか?っていう

    muro式は公開オーディションの場でありそれが最大の営業だと思った。

    だから、『自分の責任です』という意味で自分の名前を入れたmuro式

   一年に一回自分をさらけ出す場所を作れば嫌でも調子に乗らなくても済むし、大物と共演する時が

   あっても自分の城を持っている人間という裏の自信で堂々と

   その大物人の前で、できたのはそれがあったからだと思う。

   muro式一人舞台で継続ってこんなに大変、きついものなんだと

   若者に一つのアドバイスしかできない『劇場を予約しろ』しかいえない
 
   なんせ予約すればやるしか無いんだから。

渡辺 今後やりたい役ってとかってるんですか?

ムロ いつもと違うムロツヨシを見せていきたいですね

   徐々に固めてきたムロツヨシを一枚ずつ剥がしていき

   50歳になった頃には本当の自分になっているかも

   

ダンスルーム渡辺直美ムロツヨシ

ムロは新宿にある渡辺・吉本興業 東京本部へ

渡辺 母親はクレイジーでパワフルな人で一時期パチンコで生計を立てていた

   時々、台湾に帰っていた台湾のテレビは100チャンネル位あってその中の

   2つのチャンネルは日本のチャンネルで志村けんの『だいじょうぶだあ』が3時間毎に流れていた

   それで志村けんさんみたいな人になりたいと思い始めた

   
ムロ お笑い芸人になろうと思ったのはいつですか?

渡辺 中学校の時ですね。テレビでしか見たことなかった芸人さんを『ルミネTheよしもと』という舞台があって

   そこで漫才とコントを生でお客さんの前でやっているのを見た時、ここに『立ちたい』ってすごく思った

   それでよしもとに入ることを決めて15歳の時から18歳までお金を貯めて東京NSCに入って笑いを基礎から学び

   ブヨンセでテレビに出ることができるも下積みをしていなかったせいか周りの芸人が解からず

   いじることも喋ることもできず収録が終わる事もありました。

   当時、ビヨンセをやりまくり『私の全てはこれじゃない』と感じていた

ムロ 大きな転機となったきっかけはなんですか?

渡辺 番組で大喜利を求められる事があり当時は日本語が今ほどうまくなかった時に

   オリエンタルラジオの中田さんに相談して『お前は大喜利やんなくていいんだよ』

   『お前のいいところを引き出せ』『短所を伸ばす作業よりも長所を誰よりも伸ばした方がいい』

   そこで自分はダンス、コント、パフォーマンスで行こうと思った。

ムロ 飽きられることの怖さってあります?

渡辺 ホントあります。めちゃくちゃ怖いですね。留学の時も感じてました。

   このままだと武器がないままの2年後の方が怖かったので留学を決意しました

ムロ 留学は大変でしたか?

渡辺 もう大変でした。言葉とか全くでeatとかfoodしか喋れなくてニックという

   すごい良い人の家に住むことになって英語が話せるようになったんです。

   こんな支えてくれる人がいるなってと思った。

   自分に弱い自分が嫌でニューヨークへ行ったのにニックに謝ったこんな甘える為に

   ニューヨークへ来たんじゃないと・・・ニックは『人が支えてくれるのは直美の人柄なんだから

   その言葉だけで俺は嬉しい』と言ってくれた。

   自分のやりたいこととか考えていることを今まで何も言わなかった事が駄目だと気づいて

   意見を言うようになりました。

   海外で知らない人達の前で公開営業をして行って伝説を作っていきたい。

   頑張ってくると辛かった昔が笑いになる

   みんなが笑っている空間がいっぱいあったらいいなとずっと笑わせていきたいなと

   自分の人生のテーマですね『笑う』は

ムロ 僕が喜劇役者って名乗るようになったのも『結局テレビをつけたら悲劇だらけ』悔しい

   だったら喜劇をいかに増やせるか3.11の悲劇に勝てないかもしれないけどあがくことができる

   また悲劇が来るまでに喜劇であってほしい恥ずかしいけど喜劇役者を名乗ってみせようと思って

   意地ですよね僕の

 

感想

今日は早く寝ようと思ってたけど、渡辺直美さんとムロツヨシさんのSWITCH(再)の対談が面白くて観てしまいました。

なんか深い会社に就職しなかった二人共かっこよすぎです。

つらいと言ってはいけないと感じていたという子ども時代が似ていらっしゃる。

人を笑わせ幸せな空気をつくりだす、感受性豊かな行動力のあるおふたり

真面目にいいこと言ってて、二人共もともと大好きだけどもっと大好きになりました。

喜劇役者ってかっこいいですよね。

もがいて自分を限界まで追い詰めた先の笑いっていい。やっぱり境遇に負けなかった人間って強い

感動ではなくゴールが笑いって素晴らしい。

やりたいことを得意なことをとことん周りを気にせず極めていくって素敵です。

目標や続ける努力は必ずベースに必要だけど、自ら生み出したりそれをアピールしなきゃそのまま埋もれるなと。

そして二人とも底抜けに明るい、根底に強さがある。

「ムロさんかっこいい〜」と悶絶するし心に染みます。

人生一回だけ自分のやりたいことをやって生きておまけに付いてくるのがそれを認めた人とお金かなと思いました。

いやー久々に深い話を聞きました二人に感謝です。